たつき諒という名前を最近よく耳にするけど、どんな人なの?そう思った人も多いはずです。
たつき諒さんは【私が見た未来】という作品が話題になったことで、一気に注目を集めた元漫画家です。
今回は、たつき諒さんの気になる事を調査しまとめていきます。
たつき諒は何者?
たつき諒さんは、今も話題になり続けている元漫画家です。
まずはプロフィールをまとめました。
項目 | 内容 |
---|---|
本名 | 竜樹 諒(たつき りょう) |
生年月日 | 1954年12月2日 |
年齢 | 70歳(2025年現在) |
出身地 | 神奈川県横浜市 |
性別 | 女性 |
職業 | 元漫画家 |
デビュー年 | 1975年 |
代表作 | 『私が見た未来』 |
本名もペンネームも「たつき諒」で、読み方も同じです。
名前は中性的ですが女性です。
デビュー当初は少女漫画を中心に描いていましたが、ホラーやサスペンス、スピリチュアル系の漫画にも挑戦していきました。

中でも【私が見た未来】が特に有名です。
次は学歴について見ていきましょう。
たつき諒の学歴は?
大学へは進学せず、高校卒業後すぐに漫画家を目指しました。
横浜商業高校は県内でも歴史のある商業高校として知られています。
商業科に在籍し、簿記の資格も取得されています。
また、部活動はテニス部で、部長も務めていました。
学歴 | 学校名 | 学科 | 備考 |
---|---|---|---|
高校 | 横浜商業高校 | 商業科 | 簿記資格、テニス部部長 |
ちなみに、17歳のときに交通事故に遭い、右足を負傷しました。



この経験が「座ってできる仕事に就きたい」という思いにつながり、漫画家を志すきっかけになったそうです。
続いて、漫画家になるまでの道のりなどの経歴を見ていきましょう。
たつき諒の経歴は?
高校を卒業してからは、出版社にイラストを持ち込む日々が続きました。
ストーリー作りやコマ割りに苦戦することも多かったようです。
そこで「もっと現場で学ぼう」と考え、プロの漫画家のアシスタントとして経験を積んでいきました。
努力を重ねた結果、1975年に秋田書店の『月刊プリンセス』でデビューを果たしました。



最初の作品は『郷ひろみ物語』でした。
その後は少女漫画を中心に活動しながら、ホラーやサスペンス系の作品にも挑戦していきます。
読者の心に残る繊細な心理描写や、不思議な余韻のある作風が人気となっていきました。
年代 | 活動内容 |
---|---|
1975年 | 『月刊プリンセス』でデビュー |
1980年代 | 『人形物語』『時の中の少女』など少女漫画で活躍 |
1990年代 | ホラーやスピリチュアル系作品も手がける |
1999年 | 『私が見た未来』出版後、引退 |
2021年 | 『私が見た未来 完全版』出版し復帰 |
1999年に出版した【私が見た未来】は、後に「予知夢漫画」としてSNSなどで大きな話題になりました。
そして2021年に完全版が出版され、再び注目を集めることになりました。
次は、結婚や家族について見ていきましょう。
たつき諒は結婚している?
一部では「独身なのでは?」という噂もあるようです。
これまでの取材やインタビューでも、結婚や家族について語られることはほとんどありませんでした。
本人があえて私生活を公開していない可能性が高そうですね。
項目 | 情報 |
---|---|
結婚 | 非公表 |
子ども | 非公表 |
家族構成 | 不明 |



作品でもプライベートな話題はあまり触れられていませんが、だからこそ余計に「どんな人なんだろう?」と気になります!
次は、代表作【私が見た未来】がなぜこれほど注目されたのか、見ていきましょう。
【私が見た未来】とは?
たつき諒さんの名前を一躍有名にしたのが【私が見た未来】です。
1999年に出版されたこの作品が、後になって大きな注目を集めることになりました。
きっかけは、東日本大震災が起きた2011年。
実は『私が見た未来』の表紙には「大災害は2011年3月」と書かれていたのです。
これが「予知夢が的中した漫画」としてSNSで一気に話題になりました。
絶版になっていたこともあり、オークションでは高額で取引されるようになっていきます。
さらに2021年には【私が見た未来 完全版】が出版され、注目は再燃しました。
完全版では、他にもたつき諒さんが夢で見た出来事や新たな解説が追加されています。
出版年 | 内容 | 備考 |
---|---|---|
1999年 | 『私が見た未来』 | 初版。出版後しばらく絶版に |
2021年 | 『私が見た未来 完全版』 | 夢日記の詳細や新たな予知夢を収録 |
「予言漫画」というイメージが強くなりましたが、たつき諒さん自身は「予知夢として描いていたわけではない」と何度も語っています。



あくまで自分の夢日記をもとにした創作だったとのことです。
では最後に、今後の活動について見ていきましょう。
今後の活動は?
たつき諒さんは、2021年に【私が見た未来 完全版】を出版してからも注目を集め続けています。
SNSや動画配信でもたびたび話題になっていて、若い世代にも知られる存在になりました。
インフルエンサーが紹介する動画や考察も次々に投稿されています。
完全版が出版された時には、わずか1か月半で40万部を突破しました。
年 | 主な出来事 |
---|---|
2011年 | 東日本大震災の的中報道で再注目 |
2021年 | 完全版出版、SNSで拡散 |
2025年 | 2025年予言が話題に |
たつき諒さん自身は「予言者として描いたわけではない」と繰り返しおっしゃっています。



あくまで夢日記の記録を作品にしただけだと説明しています。
それでも、夢と現実が重なる不思議さに、多くの人が引き込まれていきました。
今後の新作や活動予定は特に発表されていませんが、これからもたつき諒さんは気になる存在です。
まとめ
今回の記事では、たつき諒さんについて調査しました。
まとめると、
- 神奈川県横浜市出身の女性漫画家。ペンネームも本名も「たつき諒」
- 高校は横浜商業高校の商業科を卒業。簿記資格を持ち、テニス部部長も務めていた
- 高校卒業後すぐに漫画家を目指し、1975年にデビュー
- 代表作【私が見た未来】が東日本大震災を的中させたと話題に
- 2021年に【私が見た未来 完全版】を出版して再ブレイク
- 結婚や家族については一切公表されていない
- 今後の活動は未定だが、今もSNSなどで話題が続いている
今後も注目が続きそうです。